第7報「幻の『“偽”ジャコウネコ珈琲』を探して」

投稿日 2018.03.30

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲-トゥングエン・コーヒー-レジェンド

ベトナム。
近世/近代と現代、欧米と亜細亜の文化が絶妙に混在し、バリエーションが幅広い食、歴史、文化、自然、雑貨、風俗等、その魅力は尽きることがない。
筆者にとってのベトナム最大の魅力は「ベトナム珈琲」、とりわけ最高級の誉れ高い「ジャコウネコ珈琲(コピ・ルアック)」に憑りつかれてしまっている。
2015年6月、北部都市ハイフォンの喫茶店で味わって以降、アセアン諸国取材旅行の合間に、自分の味覚が納得する「ジャコウネコ珈琲」をホーチミンで探し求めることがベトナム訪問の大義名分となった。
GIA調査報告書 第7報は、「ジャコウネコ珈琲」を巡る筆者の珍道中と“珍団円”を記してみたい。

ジャコウネコ珈琲について

一般的には「コピ・ルアック」(インドネシア語)と呼ばれており、英語名は「ウィーゼル」。
ジャコウネコに珈琲の実を食べさせ、糞の中に未消化で残った珈琲種子に特殊な消毒、洗浄をほどこした珈琲豆である。
ジャコウネコの胃の中で特殊な発酵を起こした珈琲豆が、焙煎されることで、独特の強い香りと味わいをもたらす。
「ジャコウネコ」を通して採集されるだけに生産量が限られており、高級珈琲豆として世界中で取引されている。

ベトナムには様々なブランドやグレードの「ジャコウネコ珈琲」があり、当然お値段も香りもお味も違う。
100グラム5~600,000ドン(約2,500~3,000円)もする高価なブランドもある。
もっともベトナム国内ではかなりの量の偽物が出回っており、ブランドが増えた現在では、本物と偽物との判別は難しく、ネット情報によれば、正真正銘の本物を入手するには、産地であるダラット(高原)まで行くしかないとされている。

アメリカン珈琲の様に喉を潤す為にスイスイと飲むのではなく、深煎りで微細に挽いた珈琲豆を濃い目に淹れ、少量をチビリチビリと飲む。
香りは芳醇なビター・ブラック・チョコレート・フレーバー。
お味はバターの如き濃厚で、かすかな甘味を含んだ強烈なコクがある。

冷やして飲んでも、香りも味もほとんど損なわれることがない。
ひと口嗜む度に覚醒感が湧きおこる「ジャコウネコ珈琲」は、エスプレッソ系珈琲がお好きな方ならば病みつきになるかもしれない!

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲

東京下町・合羽橋道具問屋街のようなハイフォンの街中に超然と佇む、超ハイカラな喫茶店で飲んだ「ジャコウネコ珈琲」。

ベンタン市場での迷走~忘れじの珈琲オネエサン

ハイフォンの喫茶店では英語がまったく通じなかった為、当初はその衝撃的な珈琲の正体は分からずじまい。
とりあえずもっとも高価(一杯80,000ドン約400円)な珈琲をオーダーした事が、「ジャコウネコ珈琲の旅」のスタートになった。
その香りと味の記憶だけを頼りに、南都ホーチミンへ向かってベトナムを南下する道中で出会った旅行者たちに聞きまくることで、「ジャコウネコ珈琲らしい」ことが判明したのだ。

ホーチミン到着後、当地最大のベンタン市場内にある多数の珈琲店を片っ端から訪れては、愛しの「ジャコウネコ珈琲」を探しまくった。
ベンタン市場はボッタクリ市場として悪名が高いが、片言の日本語が話せる店員も多く、探し物には便利な場所と踏んだのだ。
どの珈琲店も気前よく試飲させてくれることも好都合である。
値段は関係ない。もう一度あの珈琲を飲みたいだけだ!
ハイフォンで飲んだお味に近い珈琲があれば100グラムだけを買い、宿に戻って自分で淹れてみたりもした。
しかしどれも「似て非なり」。
求める味に匹敵する珈琲が見つからないまま、ベトナムの滞在期限を迎えてしまった。

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲-リス珈琲

ホーチミン・ベンタン市場内の某珈琲店前。市場内には多種多様な珈琲があるが、中には「リス珈琲」の類も売られている。

それから半年後にホーチミンを訪れたある日、
ベンタン市場の周囲に登場するナイトマーケット内の珈琲店で、ついに「これだ!」と納得できる珈琲を探し当てた。
しかも運良く美しいオネエサンが仕切っている店である(笑)
感激のあまり2キロの購入を申し出ると、Tと名乗るオネエサンは100グラム250,000ドン(約1,200円)の表示価格を180,000ドン(約900円)まで値引きしてくれて大満足!
かくして「ジャコウネコ珈琲」は筆者の生活に欠かせない友となったのである。

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲

左写真~T嬢の珈琲店の「ジャコウネコ珈琲」。
右写真~別の珈琲店において、固まった糞の中に入った状態で売られていた「ジャコウネコ珈琲」の生豆。既に洗浄、消毒されているようで無臭。

迷走再び~夜逃げした珈琲オネエサン

好みの「ジャコウネコ珈琲」を探し当ててから約八ヶ月後、禁断症状に耐え切れずにホーチミンへ向かい、旅荷を解くのもどかしいままにT嬢の珈琲店へ。
マーケットの入口に踏み込んだ時、突然若い女性に行く手を阻まれた。
「オニイサン!コーヒー コッチダヨ!!」
T嬢であった。驚くべき記憶力だ!
その大きな瞳には「狙った獲物は絶対に逃がさない」といった攻撃的な炎が宿っていたが、
「珈琲は美味しいし、ベトナム美人に顔を覚えて頂いていたし言うことなし!」
ってことで再びT嬢から2キロを購入した。

更に時は流れて2017年春、「ジャコウネ珈琲」の補充の為に飽きもせずホーチミンへ。
ところがT嬢は見当たらず、代わりにタヌキみたいなオバサンがいる。
珈琲豆の入ったガラスケースに張られているジャコウネコの写真も異なり、2~3種類試飲してみたが別物ばかり。
ガッカリして店を後にする筆者の背中にタヌキ・オバサンの一言が突き刺さる。
「ミセ カワッタ。オンナ イナイ!」

再び珈琲探しが始まった。
試飲のやり過ぎで胃がシクシクと痛むある日、ベンタン市場へ入るや否や、いかがわしさ満点のオバサンが声をかけてきた。
「オニイサン コッチキテ ワタシ コーヒー オシエル」 
ダメモトで付いていくと、そこはまだ訪れたことのない珈琲店だった。
怪しいオバサンは意外な言葉を口走った。
「オニイサン サガス オンナ シャッキン イッパイ ニゲタ。ベトナム ヤクザ コワイ。オンナ ダナン ニゲタ!」
珈琲店の若い女性店員も自分のスマホの写真を見せながら語り掛けてきた。写真はT嬢だった。
「コノ オンナネ? ワタシ トモダチ。コドモ イッショ ニゲタ」

2人の話によれば、ショバ代を払えなくなったT嬢は、地元のヤクザから借金した30,000,000ドン(約150万円)を踏み倒し、三ヶ月前に3人の子供を連れてトンヅラ。
今はダナンでひっそりと土産物屋をやっているという。
欲しい珈琲さえ手に入れば、T嬢の行方には興味はないのだが・・・。

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲

T嬢の珈琲に辿り着くまでに試し買いした珈琲一例。左上の珈琲はT嬢珈琲のパッケージの写真が同じだが、中身は別物。パックに使用される袋や貼り付けられる写真はテキトーなようだ。

勘違い同士

2人の態度は筆者を慰めているようでもあり、怪しいオバサンはダナンのT嬢の隠れ家まで連れて行ってやるとまで言う。
自分たちの店で珈琲を買わせる魂胆だとしても、芸が細か過ぎる。
予想外の展開に戸惑う筆者に業を煮やしたのか、オバサンはあっさり馬脚を現した。
「ガッカリシナイ。ダイジョウブ。ワカイ カワイイ オンナ ワタシ ショーカイ。7,500エン 10,000エン 15,000エン ワタシ イッパイ ショーカイ」
何のことはない。オバサンは市場内のポン引き、やり手ババアだったのだ。

ここでおかしな事態になっている事に気が付いた。
珈琲ではなくて、借金苦で夜逃げしたT嬢を必死に探し続ける哀れな日本人旅行者として、筆者は市場内で話題になっていた(笑い者にされていた)のである!
20軒はあるベンタン市場内の珈琲店を日参しては、延々と試飲を続けて「コレでもないアレでもない」なんてやっていたら、「本当は女を探してんじゃないの?」って思われても仕方がないのかもしれない(笑)

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲

左写真~様々なブランドがある「ジャコウネコ珈琲」。最近ではインスタントまで製造されている。
右写真~御覧の通り、各珈琲店では気軽に試飲を楽しむことが出来る。

それから三ヶ月後、どうしても諦めきれずにベンタン市場を訪れると、スマホでT嬢の写真を見せてきたD嬢が駆け寄ってきた。
T嬢と同じく、D嬢の記憶力にも脱帽だ。
「オニイサン! ワタシ マッテタ。ヒミツ オシエル!!」 
D嬢は店のバックルームに筆者を招き入れた。
そこは自家焙煎をする場所であり、生の珈琲豆が詰まった麻袋が山積みにされ、焙煎機の周囲には得体の知れない液体や物体のつまった容器が並んでいた。

D嬢は容器の中身を説明し始めた。チョコレートシロップ、バニラシロップ、自家製シロップ、蜂蜜、バター、トウモロコシパウダー。
これらを焙煎する時に珈琲豆の中に混ぜ込み、珈琲豆に特殊な風味や味を加えて「ジャコウネコ珈琲」に似た焙煎豆を作るという。
バックルームは偽物製造現場だったのだ!
「オニイサン サガス コーヒー ニセモノ。ベトナム ネココーヒー ホトンド ニセモノ。Tサン コーヒー オナジ」
立ち眩みにも似た軽いショックを喰らったが、何故だかD嬢は涙目になっている。
口外してはならない秘密を暴露した罪悪感なのか、筆者への哀れみなのか。

友愛の取引

やがてD嬢は伏し目がちで切り出した。
「モウ サガス ダメ。イマ カウ イイネ?」
誠意提示作戦にせよ、秘密暴露作戦にせよ、その努力は讃えたいが(笑)、「俺の珈琲探しの旅に妥協や情けは無用」と誓っている!
己の心情が揺れ動くこの場をとりあえず取り繕う為に、単なる興味本位で訊いてみた。
「もうひとつ教えて。オネエサンだけの混ぜ物は何だい?」
D嬢は突然目を輝かせて即答した。
「ビーオー!」
何度も「ビーオー、ビーオー」と口の中で反芻した後にブランデーの「V.O」であると分かり、酒好きの筆者は即座に「V.Oを混ぜ込んだなら!」と閃いた。
結果はドンピシャであり、試飲したV.O入り珈琲は、T嬢の珈琲に限りなく近い味だった!

結局のところ、筆者は実に2年半もの間、偽物を探し続けていたのだ。
しかしその結末が珈琲焙煎にブランデー!という驚きのトリックだったにせよ、「二度も愛しの珈琲にたどり着けた」という達成感だけでもう十分だった。
あくまでも本物に拘るならば、原産地のダラットに行けばいいのだ。
「偽物だろうが本物だろうが、そんなことは関係ない!たかが嗜好品、されど嗜好品だ。誰が何と言おうと、自分が美味いと感じていることが一番だ」
V.O入り偽ジャコウネコ珈琲、それはいわば筆者とD嬢との友愛の珈琲ではないか!
偶然にも最終取引価格はT嬢の珈琲とほぼ同額であり、ありがた~く2キロ買わせて頂いたのでありました。

帰り際、吹き出してしまうようなD嬢の一言が待っていた。
「オニイサン Tサン アイタイカ?」
依然として誤解は晴れていなかったようだ(笑)

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲

左写真~「偽ジャコウネコ珈琲」の秘密を知ったD嬢の珈琲店。残念ながらバックルームは撮影許可がおりず。
右写真~再び巡り合った「幻の偽ジャコウネコ珈琲」。

サヨナラ マタネ

「V.O.入り偽ジャコウネコ珈琲」を飲むと、ぼんやりとT嬢を思い出す時がある。
最後に会った夜、ルンルン気分♪でナイトマーケットへ急ぐ筆者の前に立ちふさがったT嬢は明らかに様子がおかしかった。
言動はガサツで終始不機嫌だった。そして購入取引が終わると、T嬢は店裏の暗がりへ筆者を招き寄せて言った。
「ホカ ナニホシイ? ワカイ オンナ ホシイ? ワタシ トモダチ 16サイ 18サイ」

“その気が起きない”ポン引き女性のお誘いを、手っ取り早く平和的に断る手段はただひとつ。
「今日は欲しくないよ。でもオネエサンならOKだよ」
突然T嬢は真っ赤になって破顔一笑、不穏な空気は一掃された。

「サヨナラ マタネ。コーヒー オンナ ホシイ イツデモ デンワ。ワタシ オニイサン ホテル イク」
既にT嬢は借金まみれであり、苦し紛れにポン引きも(売春婦も?)始めていたのだろうか。
不幸な女性にあっさり同情するほど初心でもないし、歪んだ欲情を覚えるほど下衆でもないが、もしT嬢に再会出来たらひとつだけ確認したい。
「あの珈琲豆を焙煎する時、何を混ぜているのかい?」

本当にヤクザに追われているならば、どうか逃げ切ってほしい!

以上

追加情報~Vietnam No.1 Coffee「トゥングエン/TRUNG NGUYEN」について

ベトナム-ホーチミン-ジャコウネコ珈琲-トゥングエン・コーヒー-レジェンド

「トゥングエン・コーヒー」の最高級珈琲「レジェンド」。ドリッパーやパッケージにはベートーベンがあしらわれている。

都市部で本物のジャコウネコ珈琲の“一部”を気軽に飲むならば、自ら「Vietnam No.1 Coffee」と謳う大型チェーン店「トゥングエン」のコーヒーショップで。
60%ジャコウネコ珈琲がブレンドされた銘柄「レジェンド」があり、店内で飲むと1杯150,000ドン(約750円)、小売りならば250グラムで1,005,000ドン(約5,000円)。
お味は上記“偽ジャコウネコ珈琲”より、更に強烈!
氷を入れてアイスで飲んでも、お味が氷で薄まるよりも先にコーヒーが冷えてくれる様な素晴らしい濃厚クオリティ。
また冷やすことによって、新たな香気も生まれ出るような神秘のアイスコーヒーになると言えよう。
60%ですらこの感動、100%なら卒倒してしまいそうだが、ホーチミンのブイビエン通りにある「トゥングエン」の店員によると、60~70%で留めおく方が「ジャコウネコ珈琲」本来の味と香りがより早く伝わってくるという。
残り40%の豆は、アラビカ種としか教えて頂けなかった。

なお「トゥングエン」ブランドには「No.1~No.5、No.8」と分類されたレギュラーコーヒーもあり、濃い目で淹れると「ジャコウネコ珈琲」と同系の深い味わいと香りを楽しめる。
アラビカ、ロブスタ、更に別種の豆との調合具合によってグレード分けされており、番号が進むに従ってグレードがアップする。
筆者の感想では「No.4」がもっとも「ジャコウネコ珈琲」に近い味わいがある。
「No.4」のお値段は250gで85,000ドン(約400円)。
なお、ホーチミン・タンソンニャット空港内の売店では、何故か「No.5」「No.8」の高価バージョンしか売っていない。(2018年2月時点)

【筆者プロフィール】
神中(ジン・アタル)19〇〇年東京都生まれのフリーライター。
「金ができたら旅、金が無くなれば仕事」をひたすら繰り返す渡世人。
旅のモットーは「旅は独り旅に限る」「酒とタバコが美味ければ何処にでも行く」。
お気に入りの都市は、ブダペスト(ハンガリー)、ハンブルク(ドイツ)、ドトスサントス(メキシコ)&バンコク。
日本とアセアン諸国でメディア編集者歴25年。
憧れの作家はイアン・フレミング(映画007シリーズの原作者)、レイモンド・チャンドラー。

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