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消えゆくプロンポン・ソイ26の日本人街~立ち退きの影と街の記憶~
投稿日 2026.01.03

バンコク都心部では近年、地価の急騰を背景に、商業用地の収益性を高める大型再開発計画が相次いでいる。スクンビット通り沿いはその象徴的なエリアであり、BTSプロムポン駅周辺も再開発の対象地域の一つとされてきた。
関係者向けに伝えられている情報によれば、ソイ26入口付近では大型ホテルの建設計画が進められており、地上30階超・数百室規模の施設が想定され、2029〜2030年頃の開業が見込まれている。
詳細な設計や規模については公表されていない部分も多いが、プロンポン周辺のランドマークとなる開発であることは間違いないだろう。
今夏、突然告げられた立ち退き
こうした再開発計画の進行に伴い、ソイ26とソイ24/1の路地裏に軒を連ねていた日本人向けの飲食街・小規模店舗エリアが再構築の対象となった。
複数の店舗関係者によれば、立ち退きは比較的短期間で進められた。退去期限は通知から約1か月前後とされ、期限後には日額の違約金が発生する条件が提示されたケースもあったという。
正式な文書の内容は個別契約によって異なるものの、多くの店舗が十分な準備期間を持てないまま、移転や閉店の判断を迫られた。
長年営業を続けてきた飲食店やバー、簡易宿泊施設などが相次いで姿を消し、地域の景観は急速に変わり始めている。
日本人と結びついた街の始まり

かつてのソイ26の日本人街
ソイ26とソイ24/1が日本人と深く結びつくようになったのは、1980〜90年代のこと。バンコクに進出する日本企業が急増し、駐在員とその家族が生活拠点を求めていた時代だ。
現在のように、プロンポン東側(ソイ39、49、トンロー)が明確な日本人街として確立する以前、スクンビット西寄りに位置するこの一帯は、交通利便性と静けさを兼ね備えた居住エリアだった。
BTSプロンポン駅から徒歩圏内でありながら、スクンビット通りから一本入るだけで喧騒が和らぐ。特にソイ24/1は低層建物が多く、夜間も比較的落ち着いた雰囲気があった。
この地域に形成された日本人街は、計画的なものではない。仕事に追われる駐在員、家族帯同の赴任者、単身者などが、日本語が通じる店に自然と集まった結果だった。
大型の観光向け日本食レストランやチェーン店ではなく、居酒屋、定食屋、小料理屋、バー、マッサージ店など、日常に根差した店が軒を連ねていた。
しかし、2010年代に入ると、状況は変わり始める。プロンポン周辺の商業集積が進み、地価は上昇し、外資系デベロッパーの参入も本格化した。
低層建物が多いソイ26・24/1は、都市計画上、再開発余地の大きいエリア=低利用地として認識されるようになっていった。都市の発展の流れからすれば、避けられないことだったのかもしれない
現在の風景を歩く

現在のソイ26とソイ24/1はどうなっているのか。12月中旬、実際に現地を歩き、その変化を確かめた。
ソイ26の大通りでは、人気のクイティアオ店「ルンルアン」が向かい側へ移転するなど、街はすでに少しずつ変化を見せていた。

かつて人の気配と生活音が幾重にも重なっていた路地には、いま工事柵や更地が目立ち始め、営業を続ける店も指折り数えるほどになった。
一方のソイ24/1では、空き店舗こそ増えつつあるものの、通りに張り巡らされたネオンが、まるで最後の輝きを放つかのように照らしていた。

ソイ26の日本人飲食街に入り、まず最初に目についたのは、すぐ右手にある「居酒屋よしのやま」だ。Google Mapではまだ営業中と表示されていたため、淡い期待を抱いて訪れたのだが、残念ながらすでにクローズしていたようだ。

「今はバンコクにも少なくなった、スタッフの女の子が話しかけてくる“ちょっかい居酒屋”でした。ここのナス味噌炒めが美味しくて、よく食べていましたね」そう、懐かしそうに語るジーダイスタッフ。
少し歩くと、カラオケ店「CanCan」の前に出る。店前には10名ほどの女の子が座っており、営業はまだ続いている様子だ。
「うちは3月まで。多分、うちが一番最後までやるんじゃないかな。まだ時間はあるので、ぜひ遊びに来て!」
ママの表情には、どこか寂しげな色が混ざっていた。立ち退き後は、近くに移転する予定だという。

そしてソイの一番奥にあったのが、柏屋旅館だ。すでにその扉は閉ざされている。大浴場や和室を備えた和風ホテルで、長く日本人旅行者や駐在員に親しまれてきたが、コロナ禍で一度営業を停止し、経営が危ぶまれた時期もあった。
その後、クラウドファンディングなどを通じて復活したときには、多くのファンが喜んだことだろう。

その手前に位置するのが、「Hot Spot Bar」。こちらは現役で営業していた。店内には日本人の客も多く、賑やかな雰囲気だ。とはいえ、2025年の年末にはスクンビット・ソイ23へ移転する予定だという。名物のハンバーガーも続行していくそうだ。

日本人オーナーに聞く、立ち退きの心境
今回、ソイ26でバーを経営していた(※現在は移転済み)日本人オーナーに話を聞く機会があった。立ち退きを言い渡されたときの心境について、率直に語ってくれた。
-立ち退き通知を受けたのはいつ頃? 受けたときはどんな気持ちでしたか?
「立ち退きの噂を周囲の店から聞いたのが、退去日の1か月前で、正式に通知を受けたのはそれから1週間後くらいです。うちはバーなので営業開始が遅いため、最初は書留の手紙を直接受け取れず、立ち退きの対象かどうかもわからなかったんです。
立ち退きを正式に聞いたときは『噂は本当だったんだな』という気持ちでした。あと、うちは2階で、1階の改装工事に取り掛かっていたこともあったので『ふざけんなよ』とも思いました。せめて立ち退き料くらいは出してほしいと感じましたね」
-立ち退きを聞いた後は、どのような行動に出ましたか?
「すぐにソイ26全体の会議が弁護士を交えて行われましたが、交渉は無理だと判断しました。なので、うちは誰よりも早く撤退して少なくともデポジットだけでも返してもらおうと、1週間で全て片付けました」
-立ち退きが決まったときの常連客の反応はどうでしたか?
「閉店の話を知った常連客からは、悲しんでくれたり慰めてくれたり、さまざまな連絡がありました。閉店前には多くの方が店に来て、写真を撮ったりしていました」
-立ち退きによる経営上の影響はどの程度ですか?
「うちは一棟フルリフォームして営業していましたが、わずか1年半しか営業できず、投資を回収できていません。それでも、経営自体には大きな問題はありませんでした」
-現在はお店を移転したと聞きましたが、移転先を探すにあたって資金や物件条件で苦労したことはありますか?
「通知を受け取ったのが退去日の3週間前と非常に急だったので、限られた時間で移転先を探すのは大変でした。1階から3階までのスケルトン状態の物件を確保し、必要な荷物は次の店舗に運び、不要なものは売却しました。
幸い、知り合いの協力で荷物の片付けはすべて無料で行え、店もすぐに見つかりました。資金面では特に問題はありませんでした」
-ソイ26の変化、再開発に対してどのように感じていますか?
「昔からある通りやお店がなくなるのは、本当に悲しいです。昨日も、立ち退きにあったタイ人夫婦が経営する20年続いたお店を見に行きました。旦那さんは泣いていて、これから新しく店をやる元気もないと言っていました。
そういう姿を見ると、悲しさと再開発の無理やりな進め方に怒りを感じる部分もあります。せめて、もっと時間をくれればとも思います」
-バンコクの再開発の流れについて、今後どのような影響があると思いますか?
「バンコクの再開発は都市としての価値を高める一方で、中小事業者や長年このエリアで働いてきた人々に大きな影響を与えます。スクンビット周辺でも同じ流れが進み、建て替えが続く中で、事業者は短期契約や突然の移転リスクに備える必要が増しています。
現在の再開発の状況を見ると、都心部で物件契約をする事業者は不安を感じることが増えているでしょう。契約期間が短くなれば初期投資の回収リスクも大きくなりますし、突然の立ち退きは従業員や顧客にも負担が発生します。
事業者としては都心部が魅力的であることは間違いありませんが、予測不能なリスクがある以上、慎重にならざるを得ないというのが正直なところです」
変わりゆく街に思うこと
ソイ26・24/1の街は再開発で姿を変えつつある。しかし、街の建物は取り壊されても、積み重ねられた時間や関係性は消えてしまうわけではない。
立ち退きという現実の厳しさを前にしても、店を移し、新しい場所でまた物語を紡ごうとする人々がいる。バンコクの町並みは日々、形を変えていく。だが、この街で生まれたつながりは決して消えることはないだろう。
<取材・文・撮影/カワノアユミ>




















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