第11回「12歳で南部に向かい働き始めた乱暴者 スという女(中編)」

投稿日 2018.05.30

タイの考察

前編(スとの馴れ初め)はコチラから。

第10回「12歳で南部に向かい働き始めた乱暴者 スという女(前編)」

典型的な水商売女性輩出の村

ロイエットに着いた初日に、オレはスの素を垣間見ることになる。

実家に着くとスの両親が歓迎してくれた。これまで何度かいろいろな夜の商売の女性の親を見てきたが、だいたい老人といった感じだったが、スの実父はわりと若かった。
たぶん40代だったと思う。
まあ、スが16歳だからおかしくはないが、実母が老人っぽいので、そのギャップに戸惑う。
どうやら、よくある再婚の関係みたいで、スの兄弟の中でスだけが異父の末っ子だったみたいだ。

スの村はのどかな農村で、ところどころに豪邸があった。

「あれはイギリス人の、あれはアメリカ人の家」

スはそう説明する。
要するに、この辺りはそういう村、ということだ。
この話はもう15年くらい前のことなので最近は減ったとは思うが、当時は女性がバンコクで夜の仕事をして金持ちを捕まえ、豪邸を建てさせるというのが東北辺りのサクセスストーリーとしては陳腐だった。
それくらい、そのことがこの村でも当たり前だった。

どうりでオレも歓迎されるわけだ。
しかし、オレなんかは全然金がなく、ここまでの交通費すらすべてスが出しているくらいだ。
ない袖は振れないので、怖いこともなかった。

そうこうしているうちに、スの友だちが迎えに来た。
まだ昼を少し過ぎた時間だ。
16歳の女の子ふたりとオレの3人乗りでバイクを運転し、着いたのが川辺の飲み屋だった。
小川があり、川面にせり出すように竹の小屋が並ぶ。
客は土手で料理やアルコールを注文し、自分でそれを持って橋を渡り、小屋に入る。
小屋の床は川面と同じ高さで濡れることは必至だし、一部の客は泳ぎながら飲んでいる。

さらに、客層は若者ばかり。
それも中高生くらいの男女だ。
とんでもない場所だなと思う。
大人がひと組いて、男性が5人くらい、若い色白の女性がふたりだったか。
平日の昼間に飲んでいる人々。
ろくでもないのしかここにはいないわけで。

ロイエットの水辺の飲み屋

ロイエットの水辺の飲み屋はこんなに立派なものではなく。タイは水辺の飲み屋は案外多い。

相変わらず栓抜きを使わずにソーダとコーラの瓶を開けるスを前にしばし飲んでいると、若い男がふたり、我々の小屋に来た。
スの地元の同級生のようだが、様子から見て、ひとりはスのことを好きなようだった。
スはしきりにオレに泳いでくるように促した。
まあ、オレもスを独り占めしたいとかそういった気持ちもなかったので、ぶらぶら泳いでいると、流れ着いたのが先の大人のグループの小屋だった。

小屋で会った女性はスの同業者だった

その小屋の前を泳いでいると「外国人か?」と話しかけられた。
おっさんたちと話し込む。
するとそこにいた女性が「実はバンコクのレストランで働いている」と言った。
どこ? と訊けば、風呂屋の名前を挙げた。
要するに、地元の男友だちには飲食店勤務としながら、スと同じ仕事をしている。
確かに飲食店の女性という格好ではなかった。
男たちはその店を知らないので、本当に飲食店勤務と思っているのかもしれない。

もう一方の女性は、その男友だちの中に恋人関係の人はいなかったようで、電話番号を教えてくれと言い出す。
それを聞いた男たちがオレとその女性をはやし立てる。その声を聞いたスが豹変した。

「このブス、オレの旦那に手を出しやがるとぶっ殺すぞ、コラ!」

信じられないほどの汚い言葉で罵り返す。
その女性はどちらかといえば美人な方なのでなお驚く。
イサーンなどの田舎では女性も自分のことを「グー」というのだが、これは直訳すれば「オレ」になる。
正直、その汚い言葉をスから聞いたことがなくてショックだったのと、「いや、今、男がそこにいるじゃない?」という混乱があった。
あとから我々の小屋にやってきた同級生くんとスは結局どういう関係なのか。
そんな彼の顔を見ると、険しい顔をしている。怒っているな。
しかし、どうもその怒りはオレには向いていない。

「うるせえ、オマエはワタシの男のご主人様か?」

混乱している横で、さらに衝撃。
なんとその女性(たぶん27歳28歳くらい)までもがスに言い返し始める。
オレはアンタの男になんてなってないよ。

カオスは連鎖していく。
女性らと一緒にいる大の大人たちも罵りの言葉を吐き、スの隣の同級生くんが「やってやる!」と応じる。
なんなんだよ、こいつら。
周囲の小屋の中高生たちも「やれやれ!」とけしかける。

もうオレは知らんよ。
しょうがないので、オレはスイスイ~っと違う方向に泳いでいき、事態が収拾するまで待った。

綺麗なタイ人女性

当時の小屋にいた女性はまさにこんな雰囲気の人だった。

気の強い女性って怖い・・・・・・

実はオレが最初に泳ぎだしたとき、小屋に置いておいた携帯電話に前回登場したパーンが電話をかけてきていたようだった。
これはだいぶあとになって知ったのだが、すでにスはこの時点でまずはパーンにありったけの汚い言葉を投げつけていたのだった。
これがきっかけでパーンとの関係がいつの間にか終わっていた。
ただ、文字数の関係で、これはさらに次回の後編で紹介したい。

つまり、スは瞬間湯沸かし器のように一瞬で怒りが爆発したわけではなく、ワンステップあった上での大人たちとの口論だった。

そんな川の小屋での大ゲンカは、最終的に大人たちが帰ることになって収拾した。
帰り際に先の女性が「またあとでね」と言ったことで、また火がつきそうになったが、どうにか回避される。
ただ、「またあとでもなにも、電話番号交換もしていないのに」とはちょっと思った。

そして、その数日後か。
スの村で祭りがあった。
巨大な豚などを解体し、みんなで食べたり、花火を打ち上げたり、ルークトゥンのショーがあったり。
そもそもスはこの祭りに来たかったので帰ると言い出したようだ。
ならば邪魔してはいけないし、と、スが地元の友だちと喋っている間、オレはひとりでぶらぶらと歩いてみた。

ふいに呼び止められた。
振り返ると、あの女性だ。
あの、川の小屋にいた女である。
彼女はここにオレが来ることがわかっていたのだ。
そんなに大きな村ではないから、スか、あのときあそこにいた誰かの顔を知っていて、それ故の「またね」だったのだ。

まあ、きれいな女性で、据え膳食わぬは男の恥と思っていた当時のボクは、スもいないし、と携帯電話をポケットから出した。
顔を上げてみると、その女性の肩越しに鬼の形相で全速力疾走してくるスが見えた。

「もう勘弁して……」

そう日本語で言っていたと思う。
オレが立っていたのはちょうど村の警察署のお偉方が座るテントの前。
村人が見守る中、ふたりは口汚く罵り合い始めた。
だいたいオレは誰ともつき合っていないのに。

あわよくばの夜

あわよくばを狙うオレも悪かったが、まさか警察のテント前でケンカになるとは。

ちなみにこういう状況をタイでは「ロットファイ・チョンガン」という。
直訳すると「列車が衝突する」なのだが、避けることなく正面からぶつかっていくことを表す言葉で、ときどきタイ語ってきれいだなとオレは思う。

列車

「列車が衝突する」。なんてうまい例えだろうか。

口論はディープなイサーン語のため、当時のオレには一寸もわかりはしなかった。
今だって、たぶん半分もわからないだろう。
少なくともオレを巡っているケンカであることはわかる。
とにかく、これ以上恥をかきたくなくて、オレはスを抱え上げて、スの実家に逃げ帰ったのだった。

このあと、スの乱暴な姿が目立ってきて、バンコクでしばしオレは苦労することになる。
これはその序章に過ぎなかった。

タイの村

村人同士は結束力があるので、ケンカがより大きくなったらどうしようという怖さもあった。

【プロフィール】
高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年東京都出身のタイ在住ライター。
1998年初訪タイから2006年に結婚するまでにゴーゴー嬢、タニヤ嬢、マッサージ嬢など夜の女の子と一通りつきあい、タイの低所得者層から中流層の生活を垣間見てきた。
著書に「バンコク 裏の歩き方」や「東南アジア 裏の歩き方」など彩図社の裏の歩き方シリーズ関連、Amazon Kindleの電子書籍など。

バンコク 裏の歩き方 [2017-18年度版]

バンコク 裏の歩き方 [2017-18年度版]

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1 件のコメント

  • 平井正弘 より:

    後ろから読み始めましたが、情景が浮かんできて笑いました。当事者なら笑えないですがね。このまま前も読んでいきます

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