第11回「ジーダイアリー・シンドローム&伝説のバロン潜入第二弾」~20年前のバンコク・プライベート・ダイアリー

投稿日 2019.03.25

20年前のタイ/バンコクの日本人社会に驚異と歓喜ともたらした「ジーダイアリー」。
同業者だった筆者は努めて平静を装おっていたようですが、やはり「ジーダイアリー・シンドローム」が、それも筆者が勤める編集部に起こったようです。
一方筆者の夜遊びの勢いは衰えていないようなので、「ジーダイアリー・シンドローム」の様子とともに、当時のタニヤ、また伝説のバロンマッサージ潜入記(第二弾)を併せてご紹介します。

【日記/(匿名)】
【構成、注釈、写真/志賀健(GIA捜査官)】

【2月1日(月)】我が編集部のジーダイアリー・シンドローム

「ジーダイアリー」が創刊されてから編集長の様子が明らかに変わり、「第2号は創刊号の倍のページ数になるぞ。チキショー!」「近い内に日本でも販売されるぞ。そうなったら絶対に勝てないな」とか勝手に予想しながら、まるで俺たちスタッフを「ジーダイアリーに負けるな!」と焚きつけるように極端な指示を出すようになってきた。
ただでさえ編集長は日頃から口数が多くて煩いのに、最近ではちょっとした騒音公害だ。

「新聞作ってるヤツがさ、一日中デスクに張り付いていてどうすんだよ。外に出て面白いネタをつかんでこいよ!」
「締切日さえ守ってくれれば、あとは何をやっていたって俺は許す!」
「なんかさあ~、もっと日本人がまだ知らないオモシロイ所ないのかよ!」
「君もさ、広告のデータ化なんてさっさと終わらせて外に取材にいけよ!」
「~なんてさっさと」という言い方が俺の癇に障り、今朝はつい口ごたえをしてしまった。

俺:何をやってたっていいって、じゃあ業務時間内に女を買ったりしててもいいって事ですか?
編集長:そういうことだよ!真昼間から女買おうが酒飲もうが、それでいいネタつかめていい記事書けるんであればどんどんやれよ!それが編集者、ぶんや(新聞を作る人)ってもんだよ。
俺:僕はバンコクで仕事を始めて日が浅いし、外に出ろと言われても何処に行って何をすればいいのかまだ分からないですよ。
編集長:君も頭が硬いな!だったらさ、外に出て広告主でも道行く人でもゴーゴーのオネエサンでもいいから、一日に今まで知らなかった10人と話せよ。そん中から面白いネタをつかむんだよ。

とても魅力的であるが、滅茶苦茶な指示の様でもある。
自分の吐いた言葉を実践するように、編集長は「じゃあ出掛けてくるぞ」と言い残していずこへと去って行った。
そして一度外出した編集長は、まずその日のうちに編集部に戻ることはない。
出かける間際にはよく経理のタイ人女性のデスクに寄って、「もっと経費出せない?カンボジアでもミャンマーでも行っていいネタ拾ってくるからさー」とかせっついている。
「ジーダイアリ―」の登場に激しい刺激を受けているのは分かるが、スタッフ全員に当たり散らかしている編集長は、我々の作る一般情報紙を「ジーダイアリー」対抗紙に強引に改編しようとしているようだ。

【注釈】

40ページだった「ジーダイアリー」創刊号(1月15日発行)は、第2号(3月15日発行)では56ページに。第3号(7月1日発行)は64ページに。記事内容も広告数も充実の一途を辿っています。そしてまた上記の編集長さんの予想通り、第2号には日本円での販売価格が表記されて(500円)日本で販売が開始されました。

【2月5日(金)】タニヤ嬢のヘンなアプローチ!?

「タニヤ」は、俺がバンコクでまだ享受していない女遊びのスポットだ。
ホステスを指名して酒とカラオケを楽しみ、ホステスを気に入ったら連れ出してしけこむというシステムが日本人にバカ受けしているらしく、タニヤには物凄い数のカラオケ店が密集している。

タニヤ通りは別名「日本人通り(ソイ・イープン)」と呼ばれているらしく、日本人として喜ぶべきか恥じるべきか!?
またタニヤ遊びは「タニヤ大学」とも呼ばれているらしい。
多くの日本人がタニヤ遊びによってタイ語を覚え、タイ人気質や習慣に慣れていくからとか。
俺は個人的にカラオケを好まないこともあるが、なかなかタニヤには足が向かなかった。
先輩たちから聞くと「タニヤは女性のレベルは高いし値段も高い」そうで、日本並みのお給料をもらっている駐在員さんじゃないととてもじゃないが遊べないらしいからだ。
実はカオサン生活時代に一度だけタニヤのカラオケ店に入ったことがある。
ゴーゴーバーの女の子との仲を取り持って差し上げたお礼にと、また社会勉強のためにと、お金はあるのにカオサン暮らしを続けている初老のN氏に彼の馴染の店に案内されたのだ。
「愛人」だったか「恋人」だったかそんな名前の店だったが、約1時間飲んでテキトーに指名した女の子と喋って、N氏の下手くそなカラオケを聴いてお仕舞い。
何が楽しいんだろう?って予想通りの結果だったが、N氏の講釈は予想外だった。
「こういう遊び方もあるんだよ。タニヤの子は、最初からデレデレしないで案外スマシテいるんだ。連れ出したって最初は生娘みたいに振舞う様に教育されているんだよ。だから性格の良さそうな娘を見つけて通いつめては、徐々に自分好みの女に仕立てるんだよ!」

ほっほぉ~なるほど、そんな長丁場の女遊びがあるのか!
しかし通いつめるなんて、現地採用者の俺には到底無理なハナシだ。
もっともあの時は緊張していたのか、殊更イイ女が揃っていたかどうかすら記憶がない。
一度トイレに行ってから客席へ戻ろうとすると、指名したホステスがトイレの外でおしぼりを持って待っていたが、彼女はそのまま俺を非常口の外の階段へ連れ出し、やんわりと抱き付いてきてこう言った。
「オネガイシマス。タバコイッポンスウ、イイデスカ」

【注釈】
文中のN氏のタニヤ嬢講釈と似た様な噂は聞いたことはあります。しかしホステスに生娘のように振舞う教育をしているのは、高級店のホステスの場合だと思います。連れ出されてからスマシテばかりいると、せっかちなお客さんや一見さんからはチップをはずんでもらえないデメリットがあるからです。
【注釈】
当時から業務時間内のタニヤのホステスは絶対禁煙と聞いていましたので、タバコを吸わせてくれという要望には驚きました。恐らくその要望は、非常口の外へ客を連れ出してスキンシップをとるための口実であり、「あなたをとても気に入っているのよ(連れ出してよ)」という意味のそのホステスなりのお芝居、工夫だったのでしょう。お店に一風変わった指導者がいたのかもしれません!

【2月6日(土)】タニヤ第1ラウンドでノックダウン

「一日に10人の知らない人と話すか」

先日の我が編集長からの極端な指示も案外的を得ているかもしれない。
じゃあ今夜は「タニヤ」でも行って客引きしているホステスさんとちょっと話してみるか!ってな気分になった。

どうせ店に入るつもりはないから気楽なもんだというとひねくれた気分半分、いい女と話をしてみたいというスケベ気分半分だ。
ゴーゴーバーに通い始めた時のような得体の知れない高揚感はない。
しかしタニヤ通りの入口付近に漂っている香水やお化粧の残り香の質がゴーゴーバーとは全然違い、早くも神経が変な刺激のされ方をしてしまった。

タニヤ通りを10メートルも入ると、通りの両側から鈴なりになって客を待ち受ける凄まじい数のホステスたちの勧誘の声に包まれた。
水割り一杯すら飲む気もないくせに、この勧誘の声の舞うタニヤ通りは「男の花道」であり、そのど真ん中を歩くことは「男冥利」って感じてくる!
タニヤ第一の魅力は、お店やホステス以前に、男をいい気分にさせるこの通りの華やかな雰囲気なんだろうなとかヘラヘラしていると、ヘラヘラ視線の先にいたホステスの速攻が来た。
「オニイサン!イッショイキマショー」
その刹那、俺とホステスとの間に別のホステスが突然割り込んで抱きついてきた!
割り込み嬢は大きな瞳を見開いて「ヒサシブリッ!」を連発している。
ややあって思い出した。
カオサンのN氏に連れてこられた時に指名したホステス、非常口の外でタバコをせがんできた彼女である。
何ヶ月も前、たった一時間だけいたシケタ客の顔をよくもまあ覚えているものだ!と驚いたのも束の間、割り込み嬢はすぐに声色を変え、今度はキツイ口調で最初に声をかけてきたホステスに牙を向いた。
タイ語なので何を言ってんだかわかんねえけど、「この人はアタイの客なんだよ。手を出したら承知しないわよ!」ってなニュアンスだ。
狙った獲物を横取りされた形になったホステスは、ボス猫の威嚇を受けて背中に逆毛を立てながら後ずさりする負け猫のようだった。
しかし彼女の目にも怒りの炎が燃えていた。

いやあ感動した。
ホステス二人に奪い合いをされたって自惚れているわけじゃない。
客の視線を捕らえる集中力と素早く行動に出る瞬発力、たった一度だけ寄った客の顔を覚えている記憶力と僅かな隙をめがけて飛び込んで来る貪欲さ。
ゴーゴーバーの女の子たちは軽いジャブでじゃれてくることが多いが、タニヤ嬢ってのはまだ店に入ってもいない内から第1ラウンドはスタートしていて、強烈なワンツーパンチで攻めてくる!
N氏のタニヤ観を統合すれば、この激しく貪欲な女たちが店の中や“オフの時”ではしおらしい淑女のように振舞うから益々楽しいってことか?
さっきまでは「男冥利に尽きる」なんて浮かれていたが、実は自分なんて彼女たちにとってはちっぽけな餌みたいなものに過ぎない気がしてきた。
ってことは、食える部分(払える金)が少ない俺なんかは所詮お呼びじゃねえってことだ!

【注釈】

現在でも通り沿いにホステスさんたちがずらりと並ぶ「タニヤ」の様子は壮観ですが、当時は男性の客引きさんはいらっしゃらなかったものです。

またホステスさんたちの客引き劇が過激さを増していった為か、タクシン政権発足後は客引き中止令が下された時期があったと記憶しています。

【2月18日(木)】伝説のバロン体験第2弾~やってから帰れ!

過日のバロンマッサージでの体験は誰にも話していない。
自分だけの密やかな楽しみにしておきたいのではなく、あの超過激なサービスがどうしても現実に起こった出来事とは思えないのだ。
「バロンのあのマッサージ嬢のサービスに比べれば、MP嬢なんてお湯遊び、ゴーゴー嬢なんて乳繰り合いみたいなもんじゃないか」
仕事中、食事中、知人と歓談中、時間と場所がわきまえられることなく唐突にあの時の記憶が蘇って来るから困ったもんだ。
今夜もスクンビット・ソイ22の居酒屋で一人酒をしていたら、いつの間にかバロンの記憶に苛まれている自分に苦笑した。
「まずい、その内きっと夢の中にも出てくるぞ」
久しぶりに飲んだ麦焼酎の酔いもあってどうにも落ち着かなくなり、突然体温が上がってきて身体中から汗が噴き出してくるような気がした。
早くあの体験を対象化しないといけない!とおかしな思考に陥り、バロンマッサージへ再び突入した。

相変わらず愛想の悪いママさんに700バーツ(オイルマッサージ90分)を渡すと、ママさんはぶっきらぼうに担当女性の名を叫んだ。
その声のデカさで我に返った。
「しまった。この前のマッサージ嬢を指名するのを忘れてた!」
俺は慌ててママさんにとりあえず待機しているスタッフを拝見させてくれと頼もうとすると、スゴイ美人のマッサージ嬢が目の前に現れたので何も言えなくなってしまった。
こんな美人からサービスを受けられるならそれでいいや!と思わせるほどの美しさだった。

https://gdiary.com/blogs/gia-report-modern-history/emotions-3/

しかし今夜は快楽追及者としては失敗だった。
かなり酔っていたこともあって、美人マッサージ嬢の丁寧なオイルマッサージ中にうつ伏せのまま眠りに落ちてしまったのだ。
最初は「こんな美人がどんなサービスをしてくれるんだろう」とドキドキしていたが、彼女のオイルマッサージが上手過ぎたのだ。
どれぐらい時間が経ったのか、俺は彼女に揺り動かされて目が覚めた。
かなり深い眠りだった様で、頭はスッキリ、身体もかなり軽くなった。
不思議なことに「今夜はスペシャルはいらねーな」って思えて、その旨彼女に伝えてからスペシャル代1,500バーツを渡そうとした。
「タイの風俗嬢と揉め事を起こしたら日本人男性の恥だ。何があっても事前に約束した金額を払え」
俺はタニヤに案内してくれた先輩N氏の言いつけを守ったつもりだったが、この行動が思わぬ事態を招いてしまった。

彼女は口元に薄ら笑いを浮かべながらも鋭い目つきで俺を睨みつけ、身支度を整えかけていた俺をマッサージマットの上に引きずり倒した。
そして片言の日本語とよくわかんないタイ語を交えながら、彼女は俺をののしり始めたのだ。
どうやら
「何もしないで帰るなんて絶対に私は許さない!」
「1,500バーツ払うなら、今から私を抱け!」
ってことのようだ。
躊躇している俺に、彼女は更に驚くべき言葉を日本語で吐き出した。
「“前か後ろ”、どっちでもいいよ!やってから帰って!」
先程までは呑気に「正統的な美人だな」と思っていたが、ここにきて彼女が少し恐ろしくなってきた。
タイの女遊びはそこそここなし、風俗嬢の扱いは多少慣れていると思い込んでいたが、こんな嬢は初めてであり、まるで映画「蜘蛛女」の悪女ヒロインのモナ(レオ・オリン演)みたいに見えてきた。
言われるままに脱衣し、強制スペシャルを何とか終えて家路につく途中、彼女が言わんとしたかった真意が分かった様な気がした。
彼女は日本の女優さんの名前を出して「私、似ているでしょ?」と言った。
要するに彼女は自分の容姿に絶対の自信を持っており、お客が自分とやらないで帰るなんてことはプライドが許さなかったのだろう。
まあ「やらないなら1,500バーツも要らない」って言われた方が彼女の人間性そのものを讃えただろうが、「払われた分の仕事はやる!」という高い職業意識もあって(?)、俺をスペシャル無しでは帰さなかったのだろう。
それにしても、「バロン」にはすごいマッサージ嬢ばかりいるもんだな!

【注釈】
この夜のマッサージ嬢は、日記内に源氏名の表記が無かったので特定は出来ませんが、恐らく、かつて超有名だったアジアの某風俗サイト内にイメージ・ガールの様に写真が貼り付けられていた超美人さんだと思われます。
彼女は“シロウトばなれ”した美貌を誇り、またマッサージも上手であり、当コラム第9回内で登場するMさんと並んで「バロン・マッサージ」の売れっ子嬢でした。
私は2006~7年頃、彼女が現役を引退してマッサージ店を経営しているという噂を聞きつけて訪れたことがありますが、その時の彼女はすっぴんで自ら受付をやっていました。
まるで勝利を収めた戦士の様な安堵感と清々しさが漂っていて、タイではじめてすっぴん美人を見たな!と少々感動したものです(笑)

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